Wi-Fi環境を良くする対策の歴史

① 通信障害があっても我慢しなければならなかった第4世代Wi-Fi

 一般的な通信回線は、直線性が良く回折性(回り込み性)も比較的高い極超短波帯(UHF)が割り当てられていますが、どの波長でも自由に使えるわけではなく、総務省によって各用途に合わせて細かく割り振られています。2009年頃から広まり始めた第4世代のWi-Fi規格である「IEEE802.11b/g/n」では、この中でさらに限られた産業科学医療用(ISM)バンドの範囲で通信を行っていますが、このISMバンドの本来の用途は、実は通信用ではありません。高周波加熱、電子レンジ等強力な電磁波を発生する機器は、同じ周波数を使用する通信機に対して電波障害を引き起こしてしまうため、通信のための他のバンドと分けたのがそもそもの目的になります。

 ところが近年、規制の緩いISMバンドを利用すれば無線通信機器を手軽に利用できる上、微弱な電波を用いるタイプの通信機器であればその他の周波数帯の通信機器に与える影響も小さいことから、新規の無線通信機器に対してISMバンドを利用する例が増えてきました。この様にして、コードレス電話、Bluetooth(無線PAN)、無線LAN(Wi-Fi)等の無線通信機器が実用化、普及してきたわけですが、そもそもこれらの無線通信は、ISMバンドの本来の利用とは言えず、この周波数帯で運用する無線通信機器は、その他の産業・科学・医療機器の使用によって発生する電波障害を容認しなければならないと規定されています。つまり第4世代のWi-Fi通信では、電子レンジやMRIなどの医療機器、アマチュア無線、RFID機器等からの通信障害があっても我慢しなければならなかったのです。また対応する製品が多く、製品も安価で、障害物にも比較的強い第4世代Wi-Fiは、非常に便利であることもあって多くの場面で使われるようになりましたが、その反面、狭い周波数帯のわりに使用機器が増えすぎてしまったという新たな問題点も発生しています。

 このように、不要な電波を発生してしまう産業科学医療機器の周波数を2.4GHz帯に集中させることで他の周波数帯の通信機器への影響を抑えることを本来の目的としたISMバンドは、もともと常時接続で大量の情報を通信する無線LANには周波数帯域が狭すぎる上妨害電波もあふれており、高速通信を実現する環境としてかなり不都合でした。

② Wi-Fi専用バンドを活用した第5世代Wi-Fi

 第4世代Wi-Fiの通信不良を解消する最も有効な手段としてよく行われた対策が、2013年頃から広まり始めた5.0GHz帯の第5世代Wi-Fi規格「IEEE802.11a/n/ac」への転換でした。

 5.0GHz帯のメリットは、Wi-Fi通信専用の周波数帯が使用できる点です。そのため他の家電が出す電波と干渉せず、安定的に通信を行うことができます。また2.4GHz帯の場合と異なり、周波数の重なりのない独立したチャンネルが19個も用意されているため、使用機器の増加にも対応できる利点もあり、接続品質が大きく改善するようになりました。但し5.0GHz帯のWi-Fi通信は壁などの障害物があると弱まりやすいデメリットがありました。そのため障害物により通信速度が弱まってしまう場合は、電波が届きやすい場所を探してルータを配置するか、広く電波が届くように中継機を配置するなどの工夫が必要となりました。

 チャンネルとは22MHzごとの帯域幅でさらに細かく区分した周波数帯のことで、同じ周波数帯域内でもできるだけ干渉を避けて利用することを目的としています。5.0GHz帯では、W52、W53、W56と3つのチャンネルグループに分かれます。国内で最も多く利用されている5.0GHz帯は、36・40・44・48chが含まれるW52グループになります。Wi-Fiルータの多くは、初期設定でW52を優先して使用するようになっているようです。これに対して52・56・60・64chが含まれるW53グループや100・104・108・112・116・120 ・124・128・132・136・140chが含まれるW56グループは、気象レーダーや航空レーダーの影響を受け重大な不具合が生じる可能性があるため、電波法に基づいて、周囲に電波干渉を起こすレーダーがないか最低1分間確認し、電波干渉を起こさないチャンネルを検出してネットワークに接続する必要があります。もし動作中にレーダーを受信してしまうと、他のチャンネルに変更されて通信が途切れる可能性があります。

 こう比較してみると、W53とW56は不便なため不要な様に思われますが、みんながW52を使うようになってしまうと、場所や環境・時間帯によっては回線が混雑して通信速度が低下する可能性があると言われています。このため、W53やW56が回線の混雑を回避するために有効な場合もあります。この様に様々な工夫で、Wi-Fi通信不良が解消されるようになりました。

③ 混雑し始めた5.0GHz帯のWi-Fi環境

最近の高速・大容量通信ニーズに対応するために5.0GHz帯ではさらに、隣り合う複数のチャンネルを束ねて利用する高速通信の利用が増えてきました。特にコロナ禍以降増加傾向にあるWEB会議の開催はWi-Fi回線に大きな負荷を強いる様になり、再び回線が混む様になってしまいました。

データ通信する場合、データを細かく切り内容を証明する札(タグ)を付け、小包化して送ったり受けたりする通信技術・パケット通信技術が使用されています。携帯電話ではよく耳にする通信技術ですが、Wi-Fi通信でも同じ技術が使われています。

パケット通信では、送り手受け手でタグを見て、エラー訂正しながら通信するため、通信経路が遅くても、ノイズの影響を受けても、再送通信手順(プロトコル)により、正確なデータを通信できるというメリットがありますが、通信経路が混雑したり、通信できる経路が見つからないときは、パケットを破棄してしまうというデメリットもあります。例えば、コンサートのチケット販売でログインできなくなるトラブルは、1か所にアクセスが集中して通信経路が混雑してしまい、サーバーが返事できなくなってしまったためだと考えられます。回線やサーバーをパンクさせてサービス停止に追い込む嫌がらせも同じで、パケット通信が持つ根本的なデメリットと考えることができます。つまり回線が過剰に込み始めると、通信が不安定になってしまうのです。

④ 回線の混雑を解消するために生まれた第6世代Wi-Fi

 混雑し始めたWi-Fi回線を改善するために2019年頃から登場し始めた新しいWi-Fi規格が、第6世代Wi-Fi規格「IEEE802.11ax」になります。

 第6世代Wi-Fi規格、通称Wi-Fi 6では、まず通信速度の向上が図られています。第5世代W-Fi規格に対して最大通信速度が約1.4倍に高速化されたWi-Fi 6はそれだけで回線の混雑緩和に効果を発揮しています。

 またWi-Fi 6の大きな特徴の一つは2.4GHz帯と5.0GHz帯の両方の周波数帯を使い分けている点にあります。使用する環境や電波の状況をみて、空いている回線に切り替えられるので、これも混雑緩和に効果を発揮します。

 またWi-Fi 6には新たに「OFDMA(Orthogonal frequency-division multiple access:直交周波数分割多元接続)」という技術が採用されています。第5世代Wi-Fi までは同時に接続する台数が増えれば増えるほど、通信が不安定になり回線の速度低下を引き起こしていました。これは一度の通信で1つの機器としか通信ができず、接続台数が増えて回線が混雑し始めると、それだけ通信の順番待ちが発生することが原因です。OFDMAは回線の利用効率を向上させる技術で、これまでのような通信の順番待ちが発生せず、複数の機器で安定した通信を行うことが可能となっています。

⑤ 回線が混雑する原因を取り除こう
(私たちのご提案)

 まだ第4世代Wi-Fiが主流の2010年代、Wi-Fi通信について私たちが様々なご相談を承っていると、『無線回線は、無線なんだからいくらでもデータを送ることができるはず』とコメント頂くことが散見されていました。この頃はまだWi-Fi回線の利用者もデータ送信量も多くなく、回線速度が充分早かったこともあって回線が混雑することはなく、自分が使用するWi-Fi回線が無限に使える様に思えたのもうなずけます。そのため回線不良はすなわち、妨害電波の影響と考えその対策を考えるのが一般的だったのを懐かしく記憶しています。妨害電波の影響を受けにくい第5世代Wi-Fiへの転換が速く進んだのもうなずけます。

 ところが5.0GHz帯を利用する第5世代Wi-Fiは壁などの障害物があると弱まりやすいデメリットがあったため、いつでもどこでも無線回線が不便なく使える様にと施設内のあちこちにルータを設置し、強い電波が隅々まで届くようにしてきました。その結果、例えばオフィスビルの中間階に位置するオフィスでは、自分が設置した多くのWi-Fiルータだけでなく、同階で隣接している他オフィス、階下、階上のオフィス、隣のビルに入っているオフィス等、様々な近隣オフィス等に設置されたWi-Fiルータから発信された電波が自分のオフィス空間を飛び回っています。そして自分たちだけでなく、周辺オフィスのWi-Fiユーザーみんなで、限られた無線回線をシェアしている状態になっています。多くのWi-FiユーザーがWEB会議等の大量のデータ通信を始めてしまったら?これが、回線が混雑し通信不良が発生してしまう今の問題点と言えそうです。高速通信がさらに向上したWi-Fi 6であればこの混雑もそれなりに改善するかもしれませんが、新しい周波数帯の活用によるチャンネルの増加がなされているわけではないので、いずれまた混雑し始めてしまうのではないでしょうか?まさにいたちごっこになってしまっている様に感じています。

 自分のオフィス空間を飛び交う他人が発信した意図しない無線通信用の電波、私たちはこれも妨害電波と考えて対策することを提案しています。Wi-Fi通信以外の産業・科学・医療機器の使用によって発生する電波障害を容認しなければならない第4世代Wi-Fiとは異なり、Wi-Fi通信専用の周波数帯が使用できる第5世代Wi-Fiは、目立った妨害電波はないと考えられていました。事実、その他の産業・科学・医療機器の使用によって発生する電波障害はあまり考慮する必要はありません。ですが、意図しない他人のWi-Fi通信による電波が自分のWi-Fi通信に干渉するようになってしまったら?これも自分にとっては立派な妨害電波と考えることもできそうです。つまり妨害電波の意味が変わってしまい、第5世代Wi-Fi通信でも、そしておそらく第6世代Wi-Fi通信でも、他人のWi-Fi通信という新たな妨害電波の対策を進めることが、無線LANの改善を行う本質的な対策になるのではないかと考えています。そして電波の減衰が生じにくい窓ガラスや木製壁の電磁遮蔽を行って室外から侵入する電波を弱めて、できれば遮蔽することで室内空間は自分の発信したWi-Fi電波だけにすることが、Wi-Fi回線の混雑を改善し、快適なWi-Fi環境を整えるのに大きな一役を担うと期待されます。

窓ガラスで電磁波を遮蔽するためには≫

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