窓ガラスで電磁波を遮蔽するためには?

採光も大切な機能である窓ガラスを電磁遮蔽するためには、
光を通す透明性と、電磁波を止める遮蔽性という二つの機能が求められます。
でも光だって電磁波の一種。
この相反する二つの性能を満たすのはとても難しく、
たくさんの工夫が必要になります。

1. 電磁波を遮蔽する技術

 電磁波を遮蔽するためには、窓に貼り付けたシールド材で、外から侵入しようとする電磁波を反射したり吸収したりして、室内に透過する電磁波を少なくする必要があります。この時の電磁遮蔽性能:SEは、概ね次の関係を満たすと考えられています。


SE=R+A+B

R:表面反射による電波の損失(反射損失)
A:シールド材内部での減衰による損失(減衰損失)
B:シールド材内部で多重反射する効果(多重反射効果)

 反射損失Rは、空間とシールド材との反射係数によって決まり、反射係数が大きいほどシールド効果が高くなります。ここでは詳細を省きますが、反射係数を大きくするためには、金属などの導電率の高い材料ほど良いことが知られています。

 なお金属でも導電率に違いはあり、シールド材としては銅やアルミの箔がよく使用されているようで、銅であれば反射損失だけで電波のエネルギーを殆ど遮蔽してしまうことができます。しかもこの反射損失は、厚みが極端に薄くない限り厚みに関係なく得られることもよく知られています。

 減衰損失Aは、シールド材に電磁波が入射したときに誘導電流が流れることで発生する損失のことで、一般的には表皮効果として知られています。入射する電磁波の周波数を f (Hz)、材料の厚み、導電率、透磁率をそれぞれt (m)、σ (S/m)、µ (H/m)とすると、電磁波の吸収量:Aは下の式の様になります。

 この式からわかるように、周波数が高くなるほど、材料の厚みが厚くなるほど、急激に大きくなる性質があります。また導電率が多少低くても透磁率が大きければよく、例えば鉄は、銅に比べて導電率は低いものの、透磁率が圧倒的に大きいため、銅に比べて反射損失は小さいものの減衰損失が大きい材料であることがわかります。それでも反射素質の場合と異なり、10GHzの電磁波の場合であれば、シールド材の厚みが2μm以上は必要になります。

 多重反射補正効果Bは、シールド材内部に侵入した電磁波がシールド内部で複数回繰り返して反射するうちに、その一部が外部に漏れ出てしまう現象です。シールド材の厚みが極端に薄い場合はこの多重反射が発生し、期待したシールド効果よりも低いシールド効果になってしまうことがあります。

 さて、窓ガラスの電磁遮蔽技術に話を戻しましょう。例えば、窓ガラスの採光を完全に塞いでしまってもいいのであれば、話は案外簡単です。導電率や透磁率の高い金属材料で数μmの厚みがある金属箔を作成し、窓ガラスを塞いでしまえばそれで完了します。端的に言えば、厚めのアルミホイルで窓ガラスを隙間なく塞いでしまえば良いわけです。ただ折角の窓ガラスですので、少しでも採光を残したいと考えた場合、話が途端に難しくなります。

 そこでまず、難しい技術課題の克服方法について考える前に、効果的な電磁遮蔽のために必要な要求性能を考えることにしましょう。電磁遮蔽性能は、入射した電界強度と通過した電界強度の比から、下記の式で計算されます。少しわかりにくいですが、シールド材を通過した電磁波が1/10になっていれば(シールド率90%)、SE=-20dB、シールド率が97%であれば、SE=-30dB、シールド率が99%であれば、SE=-40dBとなります。

 電磁遮蔽性能と得られるシールド品質の関係は右の表の通りと言われています。もし今、室内環境に侵入する電磁波を完璧に遮蔽しようとすれば、窓、壁、床、天井のあらゆる箇所の電磁遮蔽性能を60dB以上にしなければなりません。

 でもこれって、携帯電話も繋がらなくなりTVも映らなくなってしまうので確実にやりすぎです。外部のWi-Fiを可能な限り遮蔽したいけど、携帯電話がつながりにくくなるのは困る。こんな風に、あくまでもWi-Fiの混線対策を進めたいのであれば、目標とするのは30dB前後ではないでしょうか。もちろん、Wi-Fiルーターの発信強度や位置によっても、必要な電磁遮蔽性能は変わってしまいますが、まずはこの基準に基づいて30dBを目標とするのがよさそうです。

2-1.電磁遮蔽フィルムを透明にするための工夫 その①

 PETフォルムに金属を薄く製膜する技術があります。例えばPETフィルムにアルミ蒸着するとき、アルミの厚みを変えることでその透明性を変えることができます。そこで電磁シールド性能がおおよそ30dBになるように調整したアルミ蒸着フィルムを作ってみました。その電磁シールド性能の測定結果が右のグラフになります。ちょうどいい感じにできていますよね。


 ただこのフィルム。結構ミラー感が強いんです。外観写真を見てください。手前側の撮影者の姿がはっきりと写り込んでいますよね。この写り込みの強さを可視光反射率で評価することができますが、一般的なガラスが10%前後であるのに対して、このフィルムを施工すると、可視光反射率が60%まで上昇してしまいます。これはこれで問題です。もちろん、金属蒸着膜を薄くしていけばこの写り込み現象を抑制する事は可能です。ただその結果、多重反射効果影響なのか、充分な電磁遮蔽性能が得られなくなります。どうやらもう一工夫が必要なようです。

 そこで新たな物理法則をさらに応用してみます。鏡の様な映り込みを抑える技術として有名なAR技術、ご存じでしょうか?テレビやタッチパネルの画面で、照明などの映り込みを抑える機能として良く利用される映り込み防止技術の一つになります。

 この技術も話せば長くなりますので簡単に。フィルム構造を多層積層構造とし、隣り合う層の屈折率が大きく異なるように、例えば高屈折率層A/低屈折率層B/高屈折率層C/低屈折率層D・・・と並べ、その層の厚みも慎重に正確に制御します。光の特性として、屈折率差の大きな境目(界面と言います)では、入射された光の一部が反射しますので、空気とPETフィルムの界面、PETフィルムと高屈折率層Aの界面、高屈折率層Aと低屈折率層Bの界面で、それぞれ反射光が発生しますが、それぞれを反射光R1、R2、R3~R12とします。それぞれの反射光では、光が通ってきた長さが違います。例えばR1とR2では、最上層のPETフィルムの厚みの2倍分だけR2の方が余分に長く通ってきています。一方光には波の性質がありますから、もし余分に通過してきな距離が光の波長の0.5倍、1.5倍、2.5倍というように、ちょうど波長の半分だけずれてしたら・・・。実はR1とR2の反射光は打ち消し合います。それはまるで、ヘッドフォンのノイズキャンセリング機能の様に。なので膜厚を精密に制御し、例えばこのイラストで言えばR1~R12の反射光の合計でうまく打ち消し合うように調整すると、結果的に反射光があまり強くない状態が作れます。これが反射光(光の映り込み)を抑えるAR技術の基本になります。

 なおより正確に言えば、光の進む距離:光路長は、薄膜の厚さと薄膜の屈折率の積になりますし、低屈折率層から高屈折率層に進むときの反射光は、反射した段階で位相差が反転します。光も多重反射しますのでこれも無視できません。この様に光学設計ではもっと複雑な計算が必要になりますので、ここでは感覚的に把握して頂ければと思います。

 このAR技術を使って、金属表面の高い反射率を抑えられないか、多層膜透過率反射率スペクトル計算ソフトを使って計算してみましょう。計算では、5㎜のシリカガラスの上に、順番に、Au 30nm、TiO2 40nm、Al 10nm、TiO2 35nm、SiO2 20nmを5層積層させてみた場合の反射率の予測結果です。本来金属薄膜は可視光を強く反射する傾向にあり、アルミニウムを10nm蒸着させるだけでも、その反射率は軽く60%を超えてきます。ところが計算で用いた積層構造では、アルミニウムを10nm、金を30nm積み重ねても、その間に屈折率の異なる層を上手に挟み込むことで、450~700nmの範囲での反射率を20%以下に抑え込むことができています。

 この様に、本来は反射率が高いはずの金属蒸着フィルムを低くした電磁遮蔽フィルムはすでに開発されています。ここでは2種類の製品をご紹介致します。商品Aと商品Bは両方とも、WiFiの混線対策にはちょうどいい30dB前後の電磁遮蔽性能を持った製品で、先ほどのアルミ蒸着フィルムと殆ど同じ特性を有しています。ところが反射率特性を見比べてみると、アルミ蒸着フィルムは全可視光領域で60%の高い反射率が確認されているのに対し、製品Aは可視光領域のほぼ多くの領域で反射率がガラスと同じ10%前後まで抑えられており、製品Bは15%から60%までなだらかに上昇しています。これはAR技術の作り込みの徹底さの違いで、その分製品価格は製品Aの方が少し高価になっています。

 反射率10%と20%の差。この良し悪しの判断は難しいですね。特に裏側が黒い場合はその差が顕著に表れます。無難で言えばもちろん、反射率はガラスと同じ10%が良いに決まっています。ですが、例えば中国では、少し黄金色に輝く製品Bの方が好まれると耳にしたことがあります。艶消しが好きな日本なら、もしかすると反射率はもっと小さい方が好まれるのかもしれません。また干渉色も発生しますので、完全な無色とはなりません。もちろん予算の都合もあります。なのでここから先は、電磁遮蔽性能でも透明性でもなく、利用者様のお好みで決まることなのかもしれません。

2-2.電磁遮蔽フィルムを透明にするための工夫 その②

 電波を高い性能で遮蔽するためには、電波の通り道を電磁遮蔽フィルムで隙間なく塞いでしまうことが理想的ですが、多少性能が落ちても構わない場合は、電磁遮蔽フィルムを透明にする別のアプローチも考えることができます。これは遮蔽したい電磁波の波長の大きさよりも小さな穴を無数に開ける方法です。

 電磁波の周波数、円形開口部の半径と電磁遮蔽性能の関係を示すグラフを右に示します。このグラフからわかる様に、周波数が大きくいなるほど、すなわち波長が短くなるほど遮蔽効果は小さくなり、円形開口部の半径:αが大きくなるほど遮蔽効果が小さくなっています。電磁遮蔽フィルムは、この開口部の総面積が大きくなるほど透明になっていきますので、なるべく小さな円形開口部をたくさん開けた方がよさそうです。

 ちなみに円形開口部の配列や穴の数(密度)が電磁遮蔽性能に及ぼす影響については、あいち産業科学技術総合センターの報告論文が役に立ちます(右図)。彼らの報告によると、穴の間隔や配置が電磁遮蔽性能に与える影響はほとんどないものの、穴をたくさん開けるほど、穴数の対数に比例して電磁遮蔽性能が低下することが明らかになっています。

 私も実験をしてみました。ベタ塗りすると75dBとなる塗料を用いて、いろんな開口径の空隙は無数生じる様にPETフィルム上に印刷したサンプルを作成し、その電磁遮蔽性能を測定してみました。私は今、30dBの電磁遮蔽性能を持つ透明電磁遮蔽フィルムの作成を目指していますので、対象とする周波数が30dBになる空隙の大きさを整理したグラフを左に示します。この結果からわかるのは、5.0GHzのWi-Fi電波を30dB遮蔽するためには、1㎜程度の直径を有した空隙を設ければよく、描く線の細さを0.5㎜にできれば、透過率50%の電磁遮蔽フィルムが設計できると期待されます。

 ちなみに2.4GHzの電磁波を遮蔽したい場合の開口部の直径は、私の実験結果では1.5㎜以下になります。で、我が家の電子レンジのガラスドアに印刷されているメッシュの空隙の直径を測ってみたら、やはり1.5㎜。昔からガラスドアのメッシュが気になっていたんですが、あれは電子レンジ内で発生した不要な電磁波(2.4GHz)を遮蔽するための仕掛けだったわけですね。

そんなわけで私たちは今、新しい電磁遮蔽フィルムの開発にも着手しています。乞うご期待?

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